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菊間千乃Wiki風プロフィール・旦那や高校や家族や現在や経歴などまとめてみた!

2020/05/18
 
菊間千乃 Wiki 風プロフィール 旦那 高校 家族 現在 経歴
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元フジテレビアナウンサーで現在弁護士をしている菊間千乃さん

 

アナウンサー時代にファンだった方も多いのではないでしょうか?

 

最近は弁護士としてまたテレビでお見掛けすることが多くなってきました。

 

あらためて菊間千乃の今やプロフィールが気になりましたので、菊間千乃Wiki風プロフィール・旦那や高校や家族や現在や経歴などまとめてみた!というテーマで調べてまとめていきます。

 

 

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菊間千乃のWiki風プロフィール 旦那や高校や家族や現在や経歴など

 

 

  • 名前:菊間千乃(きくま ゆきの)
  • 生年月日:1972年3月5日
  • 職業:弁護士、元フジテレビアナウンサー
  • 活動期間:1995年-2007年(アナウンサーとしての)
  • 身長:160cm
  • 血液型:AB型
  • 父親:八王子実践高等学校女子バレーボール部の元監督・菊間崇祠さん
  • 学歴:光塩女子学院中等科・高等科→早稲田大学法学部→大宮法科大学院大学
  • 趣味:テディベア作り・競輪・バレーボール
  • 勤務先:弁護士法人松尾綜合法律事務所

 

それでは生い立ちから現在まで順にご紹介していきます。

 

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生い立ち~中学・高校・大学~アナウンサーとしての活躍

 

菊間千乃さんは1972年3月5日に東京都で生まれました。

 

父親は八王子実践高等学校で女子バレーボール部の監督を務めていた菊間崇詞さん強豪校の名監督として有名)で、母親は同じ高校でマネージャーをしていたとのことです。

 

2歳年上の兄がいますが、早稲田大学を卒業している菊間さんよりも頭が良かったということなので、もしかしたら、東大卒かかかもしれませんね。

 

菊間さんはお父さんをとても尊敬しています。そのお父さんの信念は「成せば成る」とのことです。

 

バレー部の合宿所に泊まり込んで週1度、日曜の夜しか自宅に帰って来ず、会話もあまりなかったとのことですが、菊間さんは尊敬していたとのこと。

 

菊間さんの生き方や職業選択への影響はとても大きかったとご自身で語っています。

 

フジテレビのアナウンサーになろうと考えたのも、菊間さんが小学生の時に、春の高校バレーで全国優勝した父親が、アナウンサーにインタビューされているの姿をみて、菊間さは父にインタビューしたい!って考えが浮かんび、それ以来、フジテレビのアナウンサーを一直線で目指してこられたそうです。

 

入社試験の時も、ミスコンがたくさんライバルでいる中、菊間さん自身の主戦場はフリートークと狙いを定め、父親の名将という評価と異なる一面を面白おかしくネタとして使った結果、合格したそうです。

 

何でも、長電話すれば電話線を切る、門限に遅れれば家の外で待ち構えていたところを警察に即無質問されるなど、話題には事欠かない父親だったそうです。

 

このように小学生時代から父親の影響で、アナウンサーを志すようになった菊間さんですが、報道にあこがれるようになったのは、高校時代からだったことを明かしています。

 

報道志望になったのは、高校生のころです。私が高校生の頃に、ベルリンの壁が崩壊したんですが、(元ソ連大統領の)ゴルバチョフさんが出てきて、ソ連が変わる、世界が変わるといった激動の時代のニュースを見ていて、私もああいう現場に立ち会ってみたい、伝えたいと思うようになりました。それで報道を志すようになりました。

 

引用:ハフィントンポスト – 「女子アナ30歳定年説」は本当か 元アナウンサー菊間千乃さんと長野智子・編集主幹が語る

 

ご両親の影響で中学・高校時代にバレーボール部に所属していた勝間さんは早稲田大学法学部へ進み、卒業後、イギリスへ留学して英語を身につけ、国際英検B級英検準一級を取得しています。

 

また、意外なエピソードとしては、大学時代に警備員・引っ越し・交通量調査・家庭教師・NHKの番組のADなど、何十種類ものアルバイトを経験したそうです。

 

ちょっと意外ですね。

 

 

菊間さんはフジテレビ入局後、「笑っていいとも!」のテレフォンアナに大抜擢されます。

 

その他にも「発掘!あるある大事典」や「2時のホント」、そして、「FNNスーパーニュース」などの番組に起用され活躍していきます。

 

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菊間さんの転機となった事故

 

そんな華々しい活躍を続ける中で、菊間さんの人生を一変させる転落事件が起きてしまいます。

 

それは「めざましテレビ」生放送中の事故で1998年9月2日のことです。

 

約13メートルあるビルの5階から転落事故に遭ってしまいます。

 

 

当時菊間さんが担当していたコーナー「それいけ!キクマ」でリポーターを務めていましたが、当日は災害時などに高所から飛び降りることができる避難グッズの紹介を行っていました。

 

キクマさんはこの避難グッズを装着して5階窓に身を乗り出し、同製品をその会社の社長がセットすると「これでもう大丈夫です」という言葉を聞いて窓の外にぶら下がりました。

 

菊間さんは躊躇することもなく、窓から手を放し、そのまま落下。

 

避難グッズが作動せず、そのまま13メートル下の安全マットにたたきつけられてしまいました

 

菊間さんはぴくりとも動くことが出来ず、現場からの放送は打ち切られました。

 

この転落事故で腰椎圧迫骨折という全治3か月の重傷を負ってしまいました。

 

リハビリ含めると1年間治るまでかかったそうです。

 

「落ちる瞬間に意識がなくなって、次の記憶はICU(集中治療室)の中で酸素マスクを苦しいと思って外したときです。本当に何が起こったのか自分では分かりませんでした」

 

引用:ハフィントンポスト – 「女子アナ30歳定年説」は本当か 元アナウンサー菊間千乃さんと長野智子・編集主幹が語る

 

転落事故の原因について調査をした警視庁西新井署は、菊間千野さんに取り付けたフックの固定が不十分だったことを発表しています。

 

菊間さんの人生観、仕事観がこの事故で一変します。2016年に大阪で開催された「WOMAN EXPO」のトークショーで当時をこのように回想しています。

 

1998年に情報番組「めざましテレビ」のロケでマンション5階から転落する事故に遭い「ICUで10日間の治療を終え、テレビを見ると、自分の出ていた番組にもう他のアナウンサーが出ていた。自分にしかできない仕事だと思っていたが、(アナウンサーも会社にとっては)1つの駒なんだと思った」とショックを受けたことを振り返った。

 

「仕事のために人生をすり減らすのがばからしくなった。今は1日1日、悔いなく生きなくちゃと思っている」と人生観を変える出来事だったようだ。

 

引用:デイリー – 菊間千乃元アナ 事故で即代役にショック…弁護士転身

 

入社時から10年たったら司法試験に挑戦すると決めてもいたそうです。

 

当時の女性アナウンサーは20代でフリーになったり、結婚して引退する人が多く、30代以降も活躍するためには、自分にしかない武器が必要と元々考えてもいたと菊間さん自身が話しています。

 

丁度アナウンサーとして9年が経った頃にロースクールが誕生。

 

働きながら通える夜間メインのコースもあり、勉強を始めます。

 

そして弁護士になる勉強に専念するために2007年3月にフジテレビを退社します。

 

2009年3月には大宮法科大学院大学を卒業、2010年9月に新司法試験に合格し、司法修習生を経て弁護士になりました。

 

また、2019年3月には、早稲田大学大学院法学研究科修士課程(先端法学専攻(知的財産法LL.M.コース))を修了しています。

 

現在は、知的財産権倒産など企業法務を専門にしている事務所に所属しています。

 

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菊間千乃の結婚・家族について

 

菊間さんは、2014年に結婚しています。

 

旦那さんとの出会いは、大学生のころだそうです。同級生だったようですね。

 

同期会などで再開して意気投合って感じの流れだったのでしょうか。

 

旦那さんは一般人のため、情報は公開されていませんでした。

 

旦那さんも弁護士ということですので、弁護士夫婦ですね。

 

きっと旦那さんもとても優秀な方なのでしょう。

 

お子さんはいらっしゃらないようです。

 

菊間さんは2014年、40歳の時に結婚されているので、お子さんは生まないと話をした上で結婚されているのかもしれません。

 

アナウンサー時代の転落事故の後遺症で子供ができないのでは?とも書かれていました。

 

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まとめ

 

菊間千乃Wiki風プロフィール・旦那や高校や家族や現在や経歴などまとめてきました。

 

如何だったでしょうか?

 

私は調べていく中で、父親の大切さ、家族の大切さを菊間さんを通してあらためて実感しました。

 

父親が、自身が監督をするバレーボールチーム優勝のインタビューをアナウンサーから受けているのを見て、「私もお父さんにインタビューしたい」なんて、なんて素敵な子供だろうって。

 

そしてその父親も母親も幸せだなって思います。

 

その影響をそのまま受けて、中学・高校はバレーボール部。

 

その後も、父親が中央大学法学部という経歴もあり、自身も弁護士を目指し、夢を叶えました。

 

途中、大変な事故に遭われましたが、それを乗り越え、人生の伴侶も見つけられて、また新しい家族を築かれてます。

 

今後も私のように菊間さんから力をもらう人間は多くいると思います

 

これからの活躍にも期待しています!!

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