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志村けん 朝ドラの役名は小山田耕三!エールその後の代役は?

2020/05/02
 
志村けん 朝ドラ 役名  小山田耕三 放送 5月1日 5/1 エール 代役 NHK 山田耕筰 モデル
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NHKの朝ドラ『エール』で小山田耕三を演じる志村けんさん、どんな演技を見せてくれるのかとても楽しみです。

 

朝ドラ『エール』の役名 小山田耕三のモデルは山田耕筰さんです。

 

朝ドラ『エール』の役名 小山田耕三のモデルになった山田耕筰さんは音楽の教科書にも出てくる有名な方ですが、その曲や人柄などはどのようなものか気になります。

 

志村けんさんが役を演じる小山田耕三を通して山田耕筰さん本人にも注目です。

 

でも、何よりも気になるのは、小山田耕三を演じる志村けんさんの演技ですね!

 

初回放送日は5月1日です。『エール』に出演する志村けんさんに注目です。

 

 

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志村けんが役を演じる小山山田耕三のモデル・山田耕筰について!

 

 

山田耕筰さんについてまずはお話していきます。

 

山田耕筰さんは日本を代表する作家で、古山裕一(窪田正孝)にとっても憧れの人です。

 

明治19年に東京で生まれました。

 

山田耕筰さんの父親は、医師でありキリスト教伝道者でありましたが、1896年、山田耕筰さんが10歳のときにお亡くなりになっています。

 

その後母の兄夫婦の養子となり、父の遺言により自営館(後の日本基督教団巣鴨教会)に入館し、昼は働き夜は勉強をする、という生活をしていました。

 

1901年、山田耕筰さんは姉夫婦に引き取られます。姉の夫はイギリス人宣教師のガントレット

 

山田耕筰さんはガントレットから音楽を教わっています。

 

1904年に母親が亡くなり、その年に東京音楽学校に入学します。

 

1908年に卒業し、研究科へと進みました。山田耕作さんが22歳の頃です。

 

1909年に古関裕而さんが生まれていますので、二人は23歳違い。

 

1910年から三菱財閥の岩崎小弥太さんから援助を受け、ドイツへ留学。

 

1912年には日本人として初となる交響曲「かちどきと平和」を作曲されました。

 

1914年に一度帰国され、東京フィルハーモニーの指揮者に就任しますが、翌年に解散となり、1917年に渡米。カーネギーホールで演奏会を開きました。

 

1920年に帝国劇場で「タンホイザー」を日本で初めて演奏。

 

その後も東京市民合唱団をつくったり、日本交響楽協会を設立し第1回演奏会を開いたりと、西洋音楽普及のため尽力されました。

 

オーケストラ楽団の失敗により負債を抱え、茅ケ崎に移り住みます。

 

そこで「赤とんぼ」などの童謡を作曲し再起を図ります。

 

1927年には日本初のトーキー映画黎明」の音楽を担当。

 

トーキー映画とは、音声が出る映画のことですが、それまでは無声映画が主流だったんですね。

 

本名は山田耕作さんといいますが、1930年に名前を山田耕筰に改名。

 

1936年にはフランス政府からレジオンドヌール勲章受章します。

 

そして1937年に相愛女子専門学校の教授になりますた。

 

1942年に帝国芸術院会員に選出され、1944年に日本音楽文化協会会長に就任します。

 

1950年には日本指揮者教会会長に就任。

 

また1954年には映画「ここに泉あり」にご出演。1956年には文化勲章を受章、またこの年に再婚されています。

 

そして1965年、心筋梗塞により79歳でお亡くなりになりました。

 

輝かしい功績を残された山田耕筰さん。これまでに幅広い楽曲を作曲されています。その一部をご紹介します。

 

歌曲

  • 野薔薇
  • からたちの花
  • この道
  • 鐘がなります
  • ロシア人形の歌
  • 愛する人に

 

 

童謡

  • 赤とんぼ
  • お山の大将
  • 七夕
  • 砂山
  • ペチカ
  • 待ちぼうけ
  • あわて床屋

 

 

歌曲や童謡は北原白秋さんの詩によるものも多くありますが、「この道(原作「ソングラヰター」)」という映画はこのお二人が主人公の映画です。

 

 

ほかにもオペラや交響曲、交響詩、吹奏楽曲、室内楽曲などのほか、多くの校歌や自治体歌、社歌なども手掛けています。

 

映画音楽もご自身が出演された「黎明」のほか「新しき土」「川中島合戦」なども手掛けました。

 

全国高校野球選手権「大会行進曲」も有名ですね。

 

 

このような偉大な作曲家、山田耕筰さん。古関裕而(役名 裕一)さんが憧れるのも当然でしょうね。

 

そんな偉人を志村けんさんが演じました。

 

朝ドラ最初で最期の出演となった志村けんさんの演技、みなさんもどうぞ見届けてください。

 

 

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朝ドラ『エール』 志村けん(小山田耕三)の撮影は進んでいた?

 

 

志村けんさんは、2019年12月から、3月6日まで数回、収録に参加してきたようです。

 

志村けんさんにとっては、最初で最後のドラマ出演だったとのことです。

 

上京して作曲家になった裕一は、尊敬する小山田耕三に会うシーンがありそうですが、今までに撮影されたシーンは小山田耕三を思うシーンだと思われます。

 

裕一が尊敬する小山田耕三をみんなに紹介するシーン!

 

志村けんさんは、4月上旬も引き続き撮影の予定でしたが、コロナウイルスで入院していました。

 

そして、志村けんさんが他界されてしまいました。その後の撮影はどうなるのでしょう?

 

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『エール』で志村けんが演じた小山田耕三の代役は?

 

 

志村けんさんが他界されたことで、小山田耕三はどうなるのでしょうか?

 

代役を立てるか気になるところですね。

 

NHKによると、志村けんさん撮影済みのシーンはそのまま放送する方針で、それ以降については代役を立てるのではなく、ナレーションを使って志村けんさんを登場させる形で検討しているとのことです。

 

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まとめ

 

志村けんさんがエールに出演されるということで、小山田耕三のモデルとなった山田耕筰さんに注目が集まっています。

 

私自身も小学校の音楽の授業で、山田耕筰さんが教科書に載っていて『赤とんぼ』をを何となく覚えている程度で殆ど山田耕筰さんのことを知らなかったので、曲を聴いてみたりしながらど調べてみました。

 

心に沁みる曲ばかりでした。

 

志村けん 朝ドラの役名は小山田耕三!エールその後の代役は?というテーマでまとめてきました。

 

志村けんさんの演じている小山田耕三がとても楽しみです。

 

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